死恐怖症を笑いとエロで克服しようとしている話【タナトフォビア】
1 「私は死恐怖症」
私は死恐怖症だ。これと言ってトリガーになる出来事はなかったはず。
それを最初に認知してパニックになったのは5歳の時。とりあえず泣き叫んでた気がする。それから小5くらいまで、突発的に死への恐怖から泣き叫び、母に抱きしめてもらうことが3か月に1回くらいのペースであった。
小6で頻度が落ちたのは中学受験をしたからだと思う。勉強でそれなりに忙しい生活をしていた。だけど中学校に入ってからは、それ以前より、もっと明確に恐怖の輪郭をとらえてしまって、パニックになった瞬間に深く闇に引きずられるようになった。
私がパニックになる時の一連の流れは
死に関連する何かを考える→とてつもなく大きい恐ろしいものが背中側から覆ってくる→パニック(泣き叫ぶ、体が震えるなど)
である。
当時の私は
「人間は誰しもが死恐怖症であり、ただ他人にそれを見せていないだけである。」という仮説を立てたが、
データに基づかない仮説は外れるものであるし、第一それは仮説ではなく憶説である。
学友にそんなこと考えたこともなかったと言われた時には吃驚した。
先に言っておくと、私は心身ともに超健康体であり、普段は真面目にバカをやっており、いま流行りのMBTIでいうと、あいつは絶対にENFPだと指をさされるような性格の持ち主である。
普段から鬱々とした人間ではないのだ。
2傾向
15年以上この恐怖症と付き合ってきて、パニックになる時の傾向が分かってきた。
一つ目は、未来について考える時。
中高生の時、自分の人生設計をしよう!みたいな時間があったが、あれは地獄だった。
その先に死が待っていることを否応なく考えさせられ、なぜ皆が平気で矢印を死へ向けて人生設計ができるのか理解ができなかった。
二つ目は、宇宙や地球について考える時。
宇宙の始めは何もなかったとか、宇宙は今も拡張しているとか、地球はあと数十億年で太陽の爆発とともになくなるとか、そういうのを聞いたとき恐ろしくなる。
国立科学博物館にTHEATER36○という360度のシアターがあるのだが、中学校で訪れたときにそれを体験してパニックを起こしたし、山口県のどっかの鍾乳洞から出る時に地球の誕生からいままでの歴史が分かる写真が長い階段をのぼりながら見れるようになっているところでも軽いパニックを起こした。家族以外にパニックを起こした姿を見られた経験は忘れないものである。
三つ目は、寝る前に考え事をしている時。
静かで目を開けていても暗い状態って死んだ後と同じなのかな、死んだあとって永遠だよね、、とか考えだすともう終わり。30秒後にはだいたいパニックを起こし、飛び起きて母に抱きつきに行く。
私の場合は大雑把にこの三つの状況に分けられる。
3 宗教
少し話は飛ぶが、宗教の意義のうちの一つは、死の恐怖を克服することにあるのだと気づいた。(そんなことはすでに常識だと言われるのかもしれないが、私は自力でこれを導き出したのだ。)
私は典型的な日本人の宗教観を持っており、ダーウィンの進化論を否定する外国人を見ると、なぜそんなにも盲目的に神を信じることができるのか分からなかった。
様々な宗教の概要について軽く学んだが、死後の救済と現世での罪の浄化に重きが置かれているなと感じた。それぞれの宗教特有の死後の世界があることで、信者は死の恐怖を克服できることに気づいた。私が生まれながらにどっかしらの教徒であればどんなに良かっただろうと考えることもあった。
死はどの時代にもどんな人にも平等に訪れる。その恐怖を克服するための手段として信仰があるとすれば、宗教の体系がこれほど長く続いてきた意味が理解できる。
ただ全員が全員、そのために信仰しているのではない。アメリカのとある牧師が「死後の世界?そんなものはないない、待ってるのは永遠の暗闇。無さ!」と言っていた。おいおい、それはないぜマイケル...と思ったが、その言葉には何か深い真実が隠されているのかもしれない、とも感じた。宗教が提供する安心感や精神的な支えが理解できる一方で、完全にそれに身を委ねることには抵抗があるのか。科学や理性を重んじる現代社会で宗教の立ち位置も変わったのかもしれない。
4対策
前述の通り、私は典型的な日本人の宗教観を持っており、残念ながら今のところ信仰で死の恐怖を克服するつもりはない。ではどうやって恐怖を和らげるのか。
15年以上の経験から導かれた次善の策は「笑い」と「工口」による逃げ切りだ。
私はパニックに陥る30秒前には、自分がパニックに陥ることが分かる。その30秒間に工口と笑いの力を借りて、押し寄せてくる巨大な恐怖の波から逃げ切るのだ。
Gino says if his grandmother ~
しょうこおねえさんのスプ―の絵描き歌
この2つは私の中で死ぬほど笑えるコンテンツとして保存している。
(ちなみに工口ほど個人差のあるコンテンツはないので、言及しない。)
5 私の中の結論
それでは恐怖からただ逃げているだけではないか、と思われるかもしれないがそれで何が悪いのか。
死から本当の意味で逃げ切れる人はいないのだから、こればっかりは仕方がない。逃げて逃げて逃げたところで必ず死神に捕まる。だったらいつ来るかわからない死神におびえて生きるより、毎日楽しく生きていたい。恐怖におびえる時間は短ければ短いほど良い。太く長く楽しく幸せに、やりたいことは全部やって、嗚呼、良い人生だったと最後に思えるように。
【SAPIX】昔の中学受験(いうても約10年前)
10年以上前の話を、俺の時代はこうだった、!という懐古厨おじさんのように書こうと思う。
(当時、山田が住んでいた地域が中心です。中学受験って都内でも結構地域差ある。)
中学受験、今でも鮮明に覚えてる。小6からサピックスに通い始めて、あの時は本当に色んな意味で特別な経験だった。
中学受験生がマイノリティーで、「あいつ、チュウガクジュケンするんだってさ!」とか言いふらされてた子とかもいたし、中学受験って言葉を知らない子だっていた。
小4くらいから塾に行き始める子が多かったけど、それ以下の学年で通ってた子なんて、周りから見たら「すごい子」って感じ。
今の世代で、小1から塾通いしてる子なんて聞くと、どんな生活してるんだろう?ってめっちゃ気になる。自分の子供時代を振り返ると、そんなに早くから塾に行くなんて考えたこともなかったけど、時代が変わるにつれて、教育に対する親の期待とかプレッシャーが変わってきてるんだろうなって感じる。
正直、自分は「逃げ切れた」世代なんじゃないかって思うことがある。
今では母校の偏差値がガンガン上がって、いつの間にか有名な学校になっちゃったけど、山田が受験した頃はまだそんなにライバルが多くなかったはず。上の世代の恩恵を受けるって言葉はよく聞くけど、私の場合は下の世代の恩恵を受けたって感じ。
自分が当事者じゃなくなってから、「今の子たちは本当に大変だなぁ」って10代なのにおばさんみたいなこと言ってたけど、自分が将来子供を持つかもしれない年齢になってきて、家庭教師として生徒たちを通して、親目線ってものがわかるようになってきた。
中学受験を経験して、中高一貫校で過ごせたことは本当にありがたいと思ってる。だからこそ、自分の子供にも同じ道を歩ませたいって気持ちもあるんだけど、今の中学受験の市場を見てると少子化の影響がありながらも、競争が激化してるのを感じる。
そう考えると、中学受験ってすごく厳しいものになってるなって思う。
だからと言って、子供を生まない選択肢を取るのかっていうと、それはそれで別の話だけど、やっぱり中学受験って一つの大きな人生の選択肢で、軽くは考えられないなぁって思う。こんなこと言うと「中学受験を中心に子どもの人生を考えるな」って怒られそう。
もちろん中学受験が人生の中心なわけではないけど、
中学受験ってその人の核を形成していて、その核が大人に近づくほど輝いて見えたりする。今のところ、それが輝いて見えるから中学受験を子供にさせたいと思うわけで、それが社会の中では錆びた鉄球とみなされるんだったら、考えは変わるかも。
とりあえず私がやらなきゃいけないことは、社会経験を積むことと夫を探すことだな。
【上海旅行】21歳女が一人で上海旅行したけど最高だったよって話
ハードルが高いと思いがちな中国旅行に思い切って一人で行ってみたら最高だった。
現在日本人が中国へ入国するにはビザが必要だが、144時間トランジットビザで気軽に行ける。
warehouse-for-tutor.hatenablog.com
上海の最高だったところを書き連ねたいと思う。
①全部が大きい
ええ。全部が大きいんですよ。大きいというか大規模?
デーンと構える大胆で大きい建物好きの私からしたら最高の街並みだった。
大きい龍の飾り

建物も大きいし広告も大きい

すごい形のデパートとかもある

総じてでかい。
②中華料理がおいしい
当たり前かもだけど、中華料理がおいしい。
B級グルメロードみたいなとこでテキトーに入ったお店でえびワンタンと小籠包食べたけどめちゃめちゃ美味しかった。


メニューはこんな感じ。両方で38元(760円)くらい。相席した中国人親子は1人1品だったから、山田が食いしん坊なのかも。

③文化に浸れる
ミーハーの権化である山田は中国っぽいものが大好き。
好きなアニメキャラの中華服装備絵が供給されたら泣いて跪き感謝します。
そんな山田がぐっと来た街、豫園の近辺



豫園という庭園があるが、山田は時間がなかったため断念。その周りの浅草的なところを散歩したが、これが非常にチャイナ。頭から中国っぽさを浴びることができる。
上海ディズニーにも非常にチャイナなグッズがたくさんあった。それはまた別の記事で。
④人が親切
この上海旅行中、大小合わせて5つほどのハプニングがあった。
簡単に言うと、出先でスマホの充電切れたり、クレジットカードなくしたり、リニアモーターカーの切符無くしたり、Alipayにカードを3枚止められたり、あと一本しかないバスを逃しそうになったり。。。
(まあこれだけだとヤバいやつに思われるのだが、これに関しても別の記事で。)
ピンチの時、助けてくれたのはその場にいた中国人だった。山田が一生懸命に拙い中国語をしゃべっていると、向こうも簡単な中国語で伝えてくれたり、アニメショップでは日本語で対応してくれたりもした。向こうは困っている外国人を助けるくらいの感覚だったんだろうが、助けてもらえるとは思ってなかったから結構泣きそうになった。
⑤中国に行ってみよう
ハードルが高いと思われる中国旅行だが、実際は一番楽に行けるのではないかと感じている。中華料理も慣れている、漢字もなんとなく読める、人種的な差別はない、日本から近い、、、。
山田は今回の旅を通して、それぞれの日本人にそれぞれの「中国」のイメージがあることもわかっている上で、中国旅行をおススメする。
中国旅行はしたいけど、会社で中国に長期出張になったり、結婚して中国に住むのはできないかなあと思っていた。が、「ちょっと中国住んでみたいかも!?」くらいまで心境が変わったし、次の旅行の予定もワクワクしながら立てている。
別に中国に住みたくなってほしいわけではないが、もともと中国に興味があった山田にこれだけの心境の変化があったのだから、みなさんの「中国」に対するイメージも変わるのではないか。
まあ、近いし一回くらい行っとくか!くらいのノリも有りなのでは?
【高校受験】中学3年 勉強ロードマップ 数学編(随時更新)
始めに
3年生の数学の内容は2年までの内容を理解していればすぐ理解できるものが多い。
都立高校は奇をてらったような問題は出さないため、まずは基礎をしっかり身につける。これをどれだけ時間短縮できるかが肝である。
私立高校に関しても、基礎が重要なのは変わりがないし、演習にどれだけ時間を割けるかがポイントになるので、基礎固めを早く終わらせたい人はこのロードマップを参考にしてほしい。
3年春休み
(1)2年生までの復習をする。
無料でできる復習はこちら ↓
<数研出版>
すぐできる参考書はこちら ↓
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中1・中2の完全復習数学改訂版 高校入試 (東進ブックス) [ 築舘一英 ]
12章で構成されていて、最短1日で終わらせることができる。
内容は基礎基本レベルでフルカラー。数学が苦手な人におすすめである。
しっかりじっくり復習したい方はこちら ↓
量が多いが良問ぞろいの参考書である。基礎~ハイレベルの問題が網羅されており、
偏差値50以上の人、分野ごとに得意不得意がある人におすすめである。
(2)3年の先取り
復習だけでなく、3年の先取りをしなければいけない。春休みは短いのでルールを覚えればある程度できるようになるものをピックアップして学習するのがおすすめである。
最低でも以下に挙げるものをやっておくと楽。
多項式:覚えるまでに時間がかかる、使いこなすのにも時間がかかる
常に練習しなければいけない
平方根:ルールさえ覚えれば簡単、一番最初に終わるかも
円:ルールさえ覚えれば簡単、様々なタイプの問題を解いておく
複雑だと思うので、ロードマップに沿ったオリジナルプリントを配布する。
(随時更新)
3年4月~7月
定期テスト対策には
keyワークがおすすめ。教科書準拠で定期試験対策ver.もある。
提出物や作文などの中身を重視する先生なら教科書ガイドも役に立つとは思うが、
定期試験の点数を重視する先生なら圧倒的にkeyワーク。教科書の出版社ごとに売っているが、間違えて違う出版社の物を買ってしまっても大差はない。
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VX37-040 塾専用 Keyワーク 数学 3年 東書 状態良い 18 S5B
私の生徒の標準装備はkeyワークと新中学問題集である。(どちらも一般には流通していない。)
新中問は昔からある参考書で、評判も高い。数学に自信がある人は発展編でも良いが、生徒自身で自学するなら、よほど数学が得意でない限り、発展編には手を出さないほうが無難。
VV37-107 塾専用 新中学問題集 数学3年 状態良い 14 S5B
3年夏休み
3年9月~12月
受験直前期
【144hトランジットビザ免除が圧倒的に楽になる方法】東京ー上海ー香港ー東京ルートを1人旅行をした話
2024年3月に中国旅行をしました。
私自身144時間トランジットビザについてとても不安だったので、下調べをしましたが
情報が少なかったので、誰かの助けになればと思い、日記程度に書いておきます。
この記事は主にトランジットについての記事です。
① 羽田空港
② 上海空港(到着)
③ 上海空港(出発)
④ 香港空港
⑤ 144hトランジットビザ免除が圧倒的に楽になる方法
① 羽田空港
エアライン(Peach)のカウンターで、行先と滞在期間、上海の次に行く都市(今回は香港)を聞かれました。
私のカウンターの担当者さんは日本人ではありませんでしたが日本語で聞いてくれましたし、他のカウンターも同様でした。ここでは言語の心配はいりませんね。口頭で答えたものがデータとあっているかを確認してもらって終了です。
② 上海空港(到着)
(1)指紋の登録
上海空港に到着してまずしたことは、指紋の登録でした。私は指紋認証導入後、初めての中国だったので登録しなければいけませんでした。
国家移民管理局と書いてあるATMのような機械があるのでそこで指紋登録をします。日本語モードもありました。
無事に登録を終えるとレシートのような紙が出てきました。↓

(2)入境カードの記入
144時間トランジットビザ免除を利用する観光客は
”ARRIVAL CARD FOR TEMPORARY ENTRY FOREIGNERS”
という入境カードを書きます。
飛行機の中でカードを配っていなかった(言えばもらえたのかも...)のでイミグレーション前の机で書きました。

普通の入国カードと違うのは、過去の渡航歴やパスポート紛失経験の有無、emailアドレス、出国する際のフライトナンバーを書くことです。
(3)入国審査
最後の関門、入国審査です。
結論から言うと、
- パスポート
- ARRIVAL CARD FOR TEMPORARY ENTRY FOREIGNERS(入国カードのこと)
- 上海で滞在するホテルの予約のプリント
- 上海から香港へのフライト予約のプリント
を入国審査官に見せました。
そして滞在するホテルのプリントをスキャンされました。
質問内容は、何日滞在するか、次の飛行機を予約してあるか、滞在するホテルはどこか、くらいでした。ただ他の旅行客はそこまで入国審査官に話しかけられることもなく、スムーズに通っていたので私の場合は警戒されていたのかもしれません^^;
女子大学生の1人旅は珍しいのかな?
必死にスマホの画面を見せているアジア人がいたので、次の飛行機を予約してあるか、滞在するホテルはどこか、の質問はマストなんだと思います。
また、隣に「やばい、何にもわからない笑」と友達とパニックになっている若い日本人もいました。意地でも張っているのかってぐらいマニュアル通りの英語や中国語で話しかけてくる入国審査官もいそうですね。
ただ、ホテルやフライトの予約プリントさえ家で印刷すれば、中国語や英語がわからなくても、入国審査官にプリントを全部渡しちゃえば大丈夫なので絶対に用意していったほうがいいです。
最後に、切り離した出国カードはぜったいなくさないでね!と入国審査官に言われたので、OK!謝謝!といって終了です。
③上海空港(出発)
出発時は、出国カードを出すこと以外特に変わったことはありませんでした。
余談ですが、マカオ、香港、臺灣は国際線の搭乗口でした。

④香港空港
香港空港では通常の入国審査と変わらず、
- パスポート
- 入国カード
- 香港で滞在するホテルの予約のプリント
を入国審査官に見せました。
↓入国審査の書き方はこちら
(機内のパンフレットに載っているので写真を撮っておくといいかもしれません)

⑤ 144hトランジットビザ免除が圧倒的に楽になる方法
私の中で出た結論は、
- 泊まるホテルの予約プリント
- 乗る飛行機の予約プリント
を用意していけば、何も身構える必要はないなということでした。
私はどこの国へ行くにも毎回用意しているのですが、たまにイミグレで頑張ってスマホを見せていたりする人を見ると、”プリントしてきたら楽なのに~‼”と教えてあげたくなります笑
144時間トランジット免除の入国審査は上記二つを持っていけば圧倒的に楽なので参考にしてみてくださいね。